【十島村訪問記A】(2008年7月14日〜16日)

 
離島診療(中之島・諏訪之瀬島・悪石島・小宝島・宝島)



〜十島村へ〜

 いよいよ、念願の離島診療の日がやって来た。
 短大2年生の頃に『鹿児島こども病院』の存在を知ってから抱いてきた思い。
 短大の時、就職して初めの頃よりも、色をつけて抱いていた思い。
 行ってみたい。。。出来る事を伝えられたら。。。島のこどもたちの表情・暮らしを見てみたい。。。具体的になっていた。

 そして、色々と考えてばかりでなく、思いを思いで終わらせるのでなく自分で動こう!
 勇気を出して主任や先輩、部署のみんな、病院のみなさんに思いを伝えた。
 みんな前向きな言葉と表情ですすめてくれた。。。
 勝手な思い込みで大事な気持ちを思うだけで終わらせるところだった。

 もう1つ、私の気持ちに色を重ねて、踏ん張る勇気をくれたのは、4月に行った「大棟耕介氏の講話とクラウンサーカス」だった。
 ちょうど、保育についても自分自身についても戸惑い・悩んでいた私に。。。うまく言葉に出来ない私に。。。言葉と文章と表現で大切なことをつたえてくれた。そして、とっても心のあるものを。
 不思議な縁・流れを感じたひと時だった。

 その中で一番心に残った、『笑顔・笑いのテレパシー』。自分がもらった笑顔をまた人に繋げて、またその人が誰かに繋げること。。。
 それにまた自分なりに色をつけて、離島診療に行って、保育活動を通して笑顔を。。。そしてその保育活動を家でもして、お母さんだけでなくお父さんもしてみる、おばちゃんもしてみる。。。そしてそこに生まれたこどもの表情や笑顔、又、大人の表情や笑顔から、お互いの関係がより深まるのではないかと感じ、自分が出来るもの、状況のなかで出来そうなものを届けたいと思い抱いてきた。
 今回は、私の大好きな絵本の1つ『はらぺこあおむし』と新聞と何もなくても出来る手遊び歌を連れて、23:00大きな大きな“フェリーとしま”の力を借りて出発した。


中之島

 キラキラしたきれいな海、山、空。何もかもがとにかく新鮮でさっきまで船に乗っていた事さえも忘れるほどに、感動していた。

大喜旅館に到着し荷物を下ろすと、お茶と手作りの黒砂糖を出して頂き、幸せなほっと一息。
 朝食は、ご飯と味噌汁に納豆、焼き魚、卵、海苔、漬物。。。と色とりどりの沢山のおかずのおとも。毎日欠かさず “「朝ごはんだけはちゃんと食べて行きなさい!!」” と言っていた母を思い出した。少し切なく、嬉しく、そして感謝しながら久しぶりにゆっくりのんびり誰かと食べる食事。お腹はもちろん心も満たされた。そして、逆の暮らしをしていた自分に反省し、1つずつでも改めていこうと思わせてくれた。

診療時間までゆとりがあり、小田さんと朝の散歩。山でいっぱいおいしい空気を吸い、目や鼻、耳に、素敵なものがたくさん触れて、感じて。。。私の中にあったモヤモヤをすぅーーーっと溶いて、柔らかくしてくれるようだった。まるで、これから始まる診療や出会いをより深く味わい、実感出来るようにするかのように。。。
 海手の方へ行き、今にも壊れてしまいそうなはしごを互いに支え合いながら慎重に登り、防波堤に座った。。。横になった。。。
 道路を自転車やバイク位のスピードで優しく走っていく車。。。同じ事を鹿児島でしたらどうだろう。。。事故の素?!。。イライラの素?!。。。あぁ怖い怖い。同じ世界なのに日本なのに鹿児島なのになぁ。そんなことを考えていた。狭いけど、程よい道。譲り合ったり、思いやったり、そっと止まったり、あえて優しい時間・心を作り出すかのように、そして忘れないようにするために道に手が加わらないようにしているのかなと不思議な力を感じた。走っている車に「 おはようございます。」の声が届き、返してくれる。笑顔や会釈の人もいる。そのまま過ぎ去る人もいる。短い間に同じ人が往復する。短い時間に繋がる。ゆっくりすすむ事で見える事・感じる事・出来る事・小さいことだけど、出来上がるのは大きな事だと私は思う。そんな環境・大人に囲まれて、それを全身に受けて大きくなる、島で育つこども達は恵まれていると思った。そして失ってはいけないのだと強く思った。

 朝の一時に不思議な時間・御縁をもらいました。感謝、感謝。

さぁ、診療の始まり。いつも来てくれるお医者さん、保健師さん、栄養士さんを待っているこども達と家族。その表情から、また来てくれた。。。そして、また来てくれるという安心感を感じているように思った。 待合室で初めて会う私にもふれあおうとしてくる子もいれば、恥ずかしそうにする子もいる。視線・表情・体勢を同じにしたり、ひょうきんな顔を見せると、にたぁ〜っととってもかわいい笑顔があふれる。一緒に遊び、話たりふれあう中で私の緊張までもほどいてくれた。友達が勇気を出す姿を見て一歩を踏み出す子もいた。これも人と人の繋がり。こどもだけど人。
 一番最初に来られたお母さんはとっても温かくみんなにソフト。わが子だけでなく、誰の子も私の子という感じで見守られていた。そして言葉や態度だけでなく全体から柔らかいものがにじみ出ていた。。。それはこどもだけでなく誰に対しても。後々分かったことだが、小田さんと同級生だったと知りそれにも不思議な縁を感じた。
 もう1人のお母さんは6人兄弟のお母さん。兄弟の多さにビックリしている私に、お母さんは「大変よ〜」と笑顔で一言。しかし、その表情から、「。。。でも色々あるけど楽しいよぉ!大好きよぉ!」の声が続いているように感じたのは私だけだろうか。

 島に来てまだ間もない人にも何の壁もなく温かく包むように話しかけるお母さん。こどもと直接だったり、わが子と誰かとを結ぶ架け橋となったりしていた。 “「入りたいなぁ。。。でも。。。」”という様子で、後1歩?!。。3歩?!。。。が踏み出せずにいるこどもの心を自然な形で和らげているようだった。みんなで自然なエールを送った。

 診察が終わる頃には自然とみんなの輪に片足いれていた。最後にみんなで裏の犬を見に行く時には、 しっかり自分で足を踏み出しお母さんから離れて夢中になっていた。

お母さんの不安の表情も親身になって関わってくれる、島の人、時間や環境そして専門的立場として温かい保健師さん・栄養士さんの力で少しずつ和らぎ、わが子が勇気を出している姿をじっと見守りながら少しずつほどけていっているようにも感じた。
 あるお母さんは「お昼から、家においで♪」そういって全てのこどもたちに声をかけておられた。
 島には保育園はなく、週1回島のこどもたちと保護者で集まり保育活動をされているとのこと。「ぜひまた来てくださいね!!」との言葉に私も色んな意味で勇気と目標をもらった。

 診療が済むと車に乗り込み、慌ただしく港へ。短い時間に起こったストーリーと次の島へのワクワク・ドキドキを抱えながら。。。
 港に入ってきた“ななしま2”をたくましく誘導しているのは、中之島診療所の看護師さん。
 そして、振り返るとお母さんとこども達。そして、まだ島に慣れていないこのそばにお母さんはいない。

 小さな勇気と、そばにいてくれるみんなの力で、みんなの世界が広がった。その子がよりその子らしくのびのびと暮らせる日もそう遠くないと思えた。
 大きく手を振りながら“よくがんばったね!大丈夫だよ!心も体も大きく大きく育っていこうね!!”と心を込めてテレパシーを送った。。。届いたかなぁ。。。きっと届いたなぁ!。。。強すぎたかなぁ。。。

 みんなで子育て・人育てをして島を守っている。そして、忘れては、失ってはいけないものを伝えてくれているかのように島が人を守っている。パーフェクトでなくても自然とそれを互いに補い合い、それを補える時間・環境・仲間が集まっていた。一人ひとりの存在を誰かが必要とし、時には頼り、時が流れていた。

 中之島のひと時で、日々の中で今、私自身が戸惑い、悩み、失っていたことをすっと解決してくれたようだった。何を大事にしないといけないのか、何を大事にしたいのか、混乱していたのに私の背中を押してくれたとともに、自分に足りないものや決して失ってはいけないものをひしひしと実感させてもらった。

 そしてこれからの日々への勇気をいただいた。ありがとうございました。


諏訪之瀬島


 見渡す限り海、とってもとっても広い海。ふるさと鹿児島は見えない。ちょっぴり切ない。大好きな鹿児島はどっちだ?!みんな今ごろ何してるかなぁ。ここはどこなんだろう。本当に日本?十島村?本当に私生きている?私の心は体はここにあるよなぁ?夢じゃないよね?。。。不思議な感覚になった。

 小田さんと一緒に船の外に出て、大自然の下に身をおいて、次々と出てくる感激の言葉。しばらくすると特に何を話すでもなく、見つめたり目を閉じたり耳を澄ませ、心落ち着かせて感じた。今、小田さんはこの時をどう感じているのかなぁ。。。でも私が“今”話すことで、小田さんのオリジナルな時間が変わるなぁ。。。まぁ、また後で聞いてみよう。“待つ”大切さにはっと気付く。
 雲がすぐ目の前に見えて、本当に手が届きそう。。。何か作れそう。。。海は写真にはおさめられない、機会には表せられないすてきな色。本物は本物でないと味わえない。こどもたちがふれたらどう感じるんだろう。自分がこどもの時にふれていたらどう感じるんだろう。
 託児所のこどもたち周りにいる人にも見せてあげたいな。

 中之島からしばらくし見える諏訪之瀬島。ぱっと見ると近いようで、実は遠い隣の島。

 さぁ到着。不思議と中之島の海とは違う色。オリジナル。人と同じで、海も“十海十色”?!
 おひさまはさらに元気いっぱい輝いてくれていた。

 島の車で移動。海の塩で車も錆がきてしまったり、古くなると途中で故障なんかしたら大変なこととのこと。最近やっと新車になったと。新車の乗り心地は抜群だが、細く急な坂を傷つけたらどうしよう。。。登るかなぁ。。。とヒヤヒヤしながら運転する保健師さん。そして同じ気持ちで同乗する私たち。無事登りきりほっとする。
 診療所に着くまでにお墓があり、見慣れた四角の形とは少し違った人の形が付いている小さな茶色のお墓だった。そして島によっても形は違い、死者の葬り方も違うとのこと。こんなに近い場所でもこういう事にもその土地々の文化があるのだと知った。葬る人への気持ちの文化もきっと様々だろう。

 診療所には2家族のこども達。アイターンされている家族だった。子育てや日々の暮らしにその家族・人なりに大事にしたいものがあるのだろう。
 ここの島では保育活動で集まったりはしていないとのこと。絵本を読んであげるとニコニコ。そして少しぎこちなく絵本とふれあう。次はお母さんと読んで更に嬉しそう。お母さんは「島に保育園を作ってください!!」と。
 即答で引き受けられるだけの心・力が、『保育士』としても、その原点である『人』としてもない私には「はい!!」が言えなかった。でもまた私の夢へエールを貰ったような気がした。
 もうひと家族のお母さんは、TVは出来るだけ見せていない。他にも工夫をされている。その理由や他にされている事を深くお聞きすることは出来なかったが、何か深い思いのあるものだろう。私はそう受け止めた。

 今世の中にあふれている常識が全て正しいとは限らない。。。大事な常識もあるが、常識を超えてそれよりも常識にしないといけないものってきっとあると思う。
 またお会いする機会に恵まれたら是非素直な気持ちでお話したいと思った。
 こどもたちへの口調・まなざしが大きなお母さん。そして生き生きされていた。お兄ちゃんから弟への口調も「〜して“ね”」の“ね”に愛があった。これを伝えたのはおかあさんなのかなぁ。

 育児相談や希望に基づいて、保健師の方から確認やアドバイスを受けるお母さん。保健師さん、栄養士さんの指導・助言もただ行政の人という感じではなく、心を込めてされていた。言いにくい事も、ぐっと一歩踏み込んで。

 それがとっても大事な事だから。
 そう、大事な家族に伝えるように。

 ただ仕事・責任感のみのこころだけでは出来ないことだ。それではその一番大事な肝心な事が伝わらないと共に、相手を傷つけてしまったり時には怒りや悲しみや絶望の種までも蒔いてしまうだろう。
 それでも、もしかしたら分かり合えないこともあるかもしれない。。。出来ないこともあるかもしれない。。。人と人だからこそ。でもそれを補ったり、それに変わる何かがきっとあると私は信じている。
 そしていつか伝わると。
 十島村
の役場の方は今日もはつらつと、仕事をされているのだろう。1人ひとりの人柄・思いやりに情報を乗せて届け、そしてまた帰ってくるものに耳を傾けている。時には逆の立場になることもあるだろう。時間に追われる中でも冷静に。愛を込めて。そして、これまでの繋がり・関係を生かしながら。。。
 行政の取り組みや、船・ヘリコプターなど交通の便も配慮されているんだという事や制度を、恥ずかしながらこの歳になって知った。この診療がなかったらきっと知るのはもっと先だったり、もしかしたら知らないまま生きていたかもしれない。自分が知らない事や制度、心のこと、自然のこと。。。まだまだ本当に多くあるのだと思う。自分が動かないと知ることの出来ないもの、誰かが伝えないと知ることの出来ないもの、運命がないと知ることの出来ないもの。。。あげればきりがないが、もっと知識欲を多方面に広げてみることの大切さを実感した。

 私が保育士として生きていくうえで、こどものことや法律を学んだり、経験を重ねていくこともすごく大事だが、この大きな宇宙の1つの存在として生きていくうえで、自分の周りにはたくさんのことがあふれていて、それに繋がることで自分がすべき事だったり、エコ活動のように出来るものもある。自分の心持ち次第で広がり変わっていくだろう。又、そういう心持ちで生きていたらそういう縁がめぐってくるものもあると私は思っている。
 目に見えない不思議な力があると。。。誰かと誰かが出会うように。。。別れるように。。。そしてまた出会うように。。。
 大事なものを見失ったり、情報におぼれないためにもその前に自分がしっかり心・足元を正して立ち凛とすることって大事だと思う。そして、素直な気持ちで受け入れる心、なにかに心を傾け感じたり考えたり判断することも大事なのかもしれない。
 こどもたちは無限の力を持っていると信じている。それと同じように大人だってあると信じている。
 自分を、今を、投げやりになったり諦めずに人生を大事に生きていきたい。命を頂いたのだから。


悪石島

 中之島で朝食を食べた後には、「あ〜!おいしいものがせっかく食べられるのに、こりゃお腹空かないだろうなぁ〜!」なんて思っていたのに、ちょうど12:00頃になると不思議と次のご飯を待っている私のお腹。
 自分でたくさん傷つけてしまっていたにも関わらず、私の体内時計はまだなんとか正常に働くことが出来ているようです。
 家を民宿にしているお宅で昼食。玄関ではかわいい女の子がお出迎え。さっそく嬉しそうに自慢の自分のお部屋を披露してくれた。
 居間に行きみんなで昼食。ご飯、味噌汁、さばの味噌煮に手作りとうふ。手作りとうふは醤油の力を借りてもおいしいが、そのままでとってもおいしい。そのままがおいしい。食後には今年初めてのひんやりしたスイカとあったかいお茶。

 こんなにゆっくり味わう自分。。。託児所のこども達の食事時間やいつもの自分を思い出す。。。
 自分たちが世の中を変えてしまい、世の中が変わり、また自分たちも変わり、その環境のなかで育つ、暮らす。求められるものや時間の波、変わりゆく社会の中で私は大事なことをそのまま諦め見失いかけ、そして世の中・自分以外のせいにしようとしていた。
 1日のリズム、体と心のリズムを整えること、その子・その人らしさをだせる環境。。。それぞれのバランスを保つことで保たれたり、見えてくるもの。
 社会のリズムや大人の都合にこどもを乗せたり、自分を諦めるのでなく、だけど大事にしよう。。。だからこそ大事にしよう。。。だったら何が出来るか。。。何が必要なのか。。。何は不可能か。。。みつめてみよう。

 自分が思う大事なものに。。。将来の夢に。。また色が付いた。


 さぁ、午後の診療の開始です。
 診療所にはとっても生き生きした看護師さん。体操のお兄さんのようにこども達を大きく見守りながら。
 一番最初にやってきたのはおしゃべり大好きなお兄ちゃんと涙を流す弟くん。お兄ちゃんはツンツンと私をつっついて自分から関わってくる。弟くんはそれをじーっと見ている。“受け止める”“かたむける”ゆとりの目や心でそのおにいちゃんはますますパワーアップしていく。弟君はしばらくするとおにいちゃんのパワーが伝わっていた。
 しばらくすると昼食を頂いた民宿の女の子がやってきた。笑顔のすてきなお母さんに見守られ、とっても無邪気にこども時代を思いっきり楽しんでいるなぁと思った。診察室を駆け回るときにはお母さんもさすがに怒っていたが。。。でも土台がしっかりしていて、大事な物が背景にいて安心できているからこそのびのびといれているように感じた。善悪や必要なことは伝えつつ余計な手と心は加えずに。。
 お母さんたちはとってもおおらかで、笑顔がキラキラ。
 週2回集まって保育活動をされている。指遊びをしているお母さんの表情がキラキラしていた。そのキラキラしたまなざしや存在にこどもたちは釘付けだった。わたしまでも。。。。このキラキラしたこども達のお父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、周りにいてくれる人はどんな人たちだろう。お会いしてみたくなりました。

 大人が元気がないからこどもが大人みたいになろうと頑張ったり。
 大人がかまい過ぎてこどもが自分の力の目を出そうとしなかったり、だせなかったり。
 大人もこども同じだったり。

 大人がたくさんたくさんもとめるからこどもがいっぱいっぱいになったり。

 こどもが必要なときそっと大人に力をかりたりもらって、じっくりゆっくり一生懸命“こども”時代をすごせたり。
 こどもが転んだ時に手を貸すか貸さないかどう関わるかの一瞬のバランス、失敗や間違ったとき、いい事をしたときにどう関わるかのその時々のバランス、人生の新生時期、乳児期、幼児期、学童期。。。思春期。。。にどう関わっていくかの長ぁーーーい間のバランス、その人、家庭、環境、人生の中でいろんなバランスを保つことは大事なものだと思う。

 答えは1つじゃない。
 関わるというのはスキンシップ・タッチ・心・まなざし・見守る・一緒に・言葉・耳・態度。。。いろいろとあるだろう。
 保育士として、人として、毎日を重ねながら感じていきたい。
 ゆとりの心・大きな心でその時々自分や周りの人、こどもたちの必要なものを広げ、世界を広げたい。


小宝島

 小宝島と宝島は隆起珊瑚で出来ている島。
 なんだか珊瑚をイメージすると地球の力に驚きの私だった。
 島々を渡り、いい時間帯。。。少し睡魔が見え隠れする。。。
 しかし不思議とそうさせない魅力あふれる景色。“南国”という感じの風景。

 さぁ到着!
 パッと白衣を着て、心も準備万端の相星先生。
 。。。疲労感なんて見せず、大きく自然に温かく待っている。

 こどもの病気・発達に不安の強いお母さん。
 次々とあふれてくる言葉・感情をそのまま受け止め、安心材料に愛をこめて届ける。視線・表情・分かりやすい言葉。又、続けて診療されていて、信頼しているということもあってお母さん達も何の抵抗もなく安心して頼っているのだろう。

 靴を反対に履く癖のあるこどもと不安の強いお母さん。相談する場所が少なかったり、周りに同じ状況の子や、こどもが少ない分不安が更に増していたのだろう。
 そして色んなパターンの質問があふれてきても変わらず冷静に向き合う先生。
 移動時間が押していたり、次に患者さんが待っていたとしても、そんな焦りも感じさせずお母さんが納得されるまでじっくりと。毎日診れないからこそ見通しや判断材料も含めたアドバイスも欠かせない。
 又、本土の病院に紹介する場合もあり、そういう面での期間・渡航へのアドバイスも。
 不安を和らげて少しでも日々を過ごしやすくしていけるように。

 私が思う“本物の診療”と“愛”を感じた。

 来た時と帰る時のお母さんの表情は明らかに違った。「相談できてよかったぁ〜!!」と深く深く本当に深くホッとし、表情よくこどもとまた向き合い帰って行くお母さんの姿があった。
 これでまた大人もこどもも毎日が変わるだろう。

 靴を反対に履くという行動は、私が今こどもたちと過ごす場所、託児所や周りにもよく同じ様子のこども達がいる。くりかえしくりかえし、その都度その都度伝えていくうちに覚えていくこどもたち。その子なりのペースで。
 しかし専門的にも自分自身も無力な私は、お母さん達に自信を持ってお話をすることが出来ませんでした。
 同時に必要な事も実感しました。


宝島

 5つめの島。ここまで行けるとは思ってもいなかった私は“うわぁ!ついに!!
 カラフルな色とりどりの壁画がお出迎えしてくれました。
 天候にも恵まれて、船酔いもせず元気に来れたことにも感激していた。
“神様ありがとうございます。“と、このきっかけに何度も何度もこの思いがよぎっていた。

 診療所へ着くとお待たせしてしまったにも関わらず、みんな元気よく迎えてくれました。
 キラキラした目で見つめるこどもたちもいれば、初めて見る私に少し警戒しておられる保護者の方もいた。読み聞かせはじっくり聞きながらもリアクションたっぷりのこども達。
 その後はお友達と共有して見ていました。

 診療が終わり診療所から少し坂を登ったところが今夜のお宿。民宿“サンゴ礁”さん。
 荷物を下ろすと、近くの温泉までとことこと。
 1日の汚れと心のもやもやを流して、茶色い湯船に体をつけました。久しぶりの湯船により一層幸せを実感しました。お湯は塩味・濃度(+++)位でした。
 しばらくすると頭がぼ〜っとしはじめたので危険を感じ上がりました。
 島のご年配のかたがいて祖母を思い出した。
 話しかけるとそのおばあちゃんの存在にとっても安心した。

 さぁ、待ちに待った夜ご飯。
 私たちの1日は終わったが、保健師さん・栄養士さんは地域の方への指導があり引き続きお仕事。1日フル回転。。。御自愛くださいと祈った。

 島の家庭料理。全て手作りで。。。本物。本音を言うと涙が出そうなくらいおいしかった。

 夜は医師・看護師・保健師・栄養士・医学生。沢山の思いや想い・現状の厳しさ・希望・制度など同じ人間だけど今の立場でそれぞれに悩んだり・考え・願う事・思うことがあるのだと知ることが出来、無知な自分に恥ずかしさ、怖さ。。。だけどそれも認めて、「よし!」と奮い立たせてもらえた。

 十島村では山海留学生を公募し引き受けていることも初めて知った。
 現代社会で育つこども達は本当に1人1人色々なものを抱えていると思う。小さな体で。激しく忙しく複雑な環境・時間・人・物に囲まれて生かされて、育つこども達。
 この島で人や自然、素晴らしいチャンスにめぐり合えて、縁をもらい、素晴らしい未来を目指す。
 人と同じやり方でなくても、土台となるものをしっかりと整えていけばいい。
 ゆっくりオリジナルに。
 それがその子の種が育つための土なのかもしれない。
 それと同時に大人や社会がこどもたちが放ってくれているサインから学ばされたり、気付かされることもとても多いと思う。

 こども達の為に親・家族だけでなく、周りが出来る事も多い。
 でも、親・家族にしか出来ないものも絶対あると私は思っている。
 だから親・家族が気付いていない事や分からないことがあれば伝える事はすごく重要だと思う。
 親・家族に限らず大人が将来のあるこども達のために出来る事、しないほうがよい事もあるだろう。
 こどもたちが迷わずに立ち、より多くの無限の可能性を発揮出来るように。。。
 
宗像先生が伝えてくださった「こどもの将来に責任を持つ」ということのシンプルさと深さをひしひしと感じる。
 “愛”。。。ただ思う・想う、手をつなぐ、抱きしめるだけじゃない。それが逆効果になる事だってある。
 厳しさの愛、パチンと叩く愛、これも逆に受け取られることだってある。
 包み込む愛、耳を傾ける愛、待つ愛、離れる愛、まなざしの愛、笑顔の愛。。。たくさんある。
 その場しのぎの心ないものでなく、心ある愛。意味のある愛を大切にしたい。それは目には見えなくても、態度に出さなくても通じるものもあるだろう。

 島で出会えた揺らがない本物の愛をもち、それがにじみ出るような人になりたい。
 この宇宙に生きる、生かされている人間・環境のひとつとして。
 私が生きている限り、魂がある限り、自分以外の人・物・自然に+も−も感じさせたり与えていると思う。
 出来るなら(−)は少なくしたい。

 次の朝、家中に広がるおいしいにおい。音。本当の家の朝を感じさせてくれた。
 5:15。おかみさんがもっともっと早くから眠い目をこすりながら、支度してくださったであろう、朝食。ご飯と味噌汁。そしておかず。日本人でよかった。

 心をこめて「いただきます」「ごちそうさまでした」合掌。

 港への出発前、「朝、畑のスイカの上に乗ってた」とご主人がふれあっていたのは、ハブ。ハブと初対面の私は止まった。小さいけれど存在感たっぷりでした。「1匹500円♪」と得意気なご主人。慣れた手つきと棒で袋に入れていた。


鹿児島へ

 いよいよ帰る日。短い時間。でもぎゅぅっと大事な物がつまった濃くて濃くて深い時間。
 無駄にしたくない。本当にありがたい日々だったと強く思う。

 朝日が今日も力いっぱい顔を出す。仕事の早出の時に見る朝日とはまた違う。大きな存在感。

 朝の港は人がたくさん。見送る・見送られる、大人・こども。
 見送る切なさをうまく消化出来なくて、涙にも言葉にも出来なくて、その場にひっくり返るこども。それをそのまま見守る大人。
 「ほら!もう!立ちなさい!」と瞬時にせかさず。。。世間の目・空気にまどわされずに。。。

 出発前、ダーーーッと一雨。この雨が伝えるものを私は悟ろうとしていた。すぐにはでない。
 本当は何も意味はないかもしれない。でもいつか「これだったのか!」という日がくるかもしれない。
 帰りの船でも外でずぅーーーっと、時を忘れ海・波・空・雲・島を見つめた。
 不思議な体験が盛りだくさんだった。もしかしたら普通のことかもしれないけど私には感激だった。

 トビウオがピューンピューンと海と海の上を飛んでいた。その距離にビックリして1匹1匹を見つめた。“トビウオ”が“トビウオ”と名付けてもらった意味を深く実感。今日の海はのびのびと?キツイ?楽しい?。。。どんな気持ちで泳いでるんだろう。
 もしかしたら、いるかやくじらにも会えるかなぁ。。。とワクワクさせられた。
 海にうつる小さな虹。写真では撮れない。あえて撮れないのかもしれない。心の中にしまう。形に残さなくても感じたものは残っているだろう。
 水しぶきも沢山あびました。乾くと腕にたくさん塩が取れました。おいしいでした。

 今日の昼食は船で“サンゴ礁”のおかみさんの手作りお弁当。久しぶりのおにぎり。ご飯と塩のシンプルな組み合わせだけど、これが最高においしい。
 日常感じていたさみしい気持ちを包んでもらったような気がした。
 卵焼き。。。私の好物です。おかみさんの卵焼きも、とってもおいしいでした。

 船は1つ1つの島を順番に立ち寄りながら本土へ向かう。荷物を運んだり、人を誘導したり、車を乗せたり、数分でストーリーがある。
 ちょうどどしゃ降りで、体の不自由なお客さんを背負う人、傘をさす人、荷物を乗せる人、通路を支えて無事に乗船できるようにみんなが自然と集まり思いやる。そしてたくましく送り出す。

 1番最後に立ち寄るのが、1番最初に行った中之島。
 驚いたことに、中之島であるお母さんが手紙と『ふねがきた!』という“フェリーとしま”を題材にしている絵本を届けてくださった。
 さっそく、こども達に読んで繋げていきたいなぁと思った。どんな風に感じてくれるかなぁ。

 夕日を眺めながら、今度は空に大きな虹が少しだけ見えた。
 少しずつ大好きな鹿児島が見えてきた頃、ほっとする気持ちとなんだかドキドキハラハラしていた。
 そうしてぽーっと眺めていると、1人のおじいさんがトコトコと私の近くに。。。一瞬怖い。。。と思い体に力を入れつつ平気を装う。おじいさんはすぅーっと過ぎ。。る、かと思うと戻ってこられた。
 そして一言。「どこから来たとね?」。。。「あっ鹿児島です。。。離島診療で十島村に行って来ました。」「どこから来られたんですか?」私が聞き返すと、「中之島じゃ。」と。中之島に行ったことを伝えた。その後の続きはなく、少し恥ずかしそうにとってもいい笑みで私から離れていき、おじいさんも海を見ていた。
 。。。もしかしたら、たそがれていた私をどこからか見ていて何かを感じたのかなぁとも思えた。
 また1つ笑顔のテレパシーが増えた。なんだかとっても嬉しい気持ちになりました。

 “おじいさん、ありがとう。”

 私の名前は「恵(めぐみ)」。「恵まれますように」と、産婦人科の院長先生の奥様がつけてくださった。
 兄2人は両親がつけてくれたのに、「私だけなんでぇ!!」と、幼い頃は切なく、へそを曲げていた私。
 でもこうして23年間生きてきて本当に名前の通りだと、日々、つくづく感じる。
 人や物や環境、出来事や出会い。本当に恵まれている。
 名前をつけてもらった時から今日まで恵まれていたように、この旅中もすごく感じ、日々をふりかえり感謝した。
 名前に負けずに、甘えずに生きていきたい。

  大好きな鹿児島に着いて、にぎわう道路・人々、駆け足しているような時の流れと騒がしい環境。なんだかずっと背中から、せかされているような不思議な感覚になり、心臓が早く動いていた。
 一番落ち着く場所だったのに。。。
 私が一番心安らぐ場所、川辺・勝目に今帰ったらどう感じるんだろう。
 このハラハラをどうにかしたくて早く地元に帰りたくなった私だった。

毎日の保育だけでなく、自分自身が生きていく上でも、得たものを生かし、課題を少しずつ解決していきたいと思います。毎日を一生懸命頑張ることも大事だけど、こういう時間も必要なのだと思いました。
 大事にすべきものを忘れず、見失わずに、日々を重ねて、そして、いつか叶える・叶えないといけない夢につなげたいです。

(記)総合部・保育士 水溜恵